セミナー感想:「分身ロボット」がつなぐ未来〜人工知能にはできない「孤独の解消」を目指す〜

ワクワクしてじわりと響く講演会に参加しました↓。自分の囚われている価値観についても洗い直してみたくなるような。
ご自身がデザインした「黒い白衣」をなびかせてふわりと壇上に現れ、自己紹介しながらあっという間に折り紙で薔薇(?)を折りあげた吉藤オリィさんの存在感は、すでにその時点から聴衆のワクワク感をいやが上にも煽っていたけれど、そのあと“分身ロボット”について語られる姿からは、身体も弱く不登校が長かった彼の苦しみの深さがそのまま情熱に転化したようなエネルギーの放射を感じました。
 
“分身ロボット(OriHime)”とは。
◇例えば、長期入院中の子どもがOriHimeを、学校の自分の席や家族のいる自宅に置く。子どもは家や学校の様子を知ることができ、かつ、子ども自身の遠隔操作によりOriHimeが動く・喋るので、家族や学友もその子の“存在”を感じることができる。(注:本人の映像をスマホ画面などで映し出すことももちろん可能だが、入院中の人は必ずしも自分のリアルタイムの姿を相手に見せたくないことが多いとのこと。)
◇例えば、会社の受付としてOriHimeを置く。これを操作するのは、遠隔地にいる寝たきりの障がい者。OriHimeを操作することで、例え本人の身体に重い障がいがあっても会社の受付として働き、賃金を得ることが出来る。
 
吉藤さん曰く、彼がやっているのは“存在感伝達事業”で、“遠隔地においてどうやって存在感を発揮させるかがテーマ”、と。
 
“存在感の伝達“という視点がEye-openingでワクワク。
 
ご自身も不登校や引きこもりの経験がある吉藤さんは当初、お年寄りや入院中の子どもの抱える孤独感を癒やすため、“ロボットセラピー””癒やしロボット”を研究していたとのこと。しかし、やればやるほど、「本当の意味で人を癒やすことが出来るの人間だけ」「人は人の役に立つことによって自らの存在意義を感じる」との思いを強め、AIではなく分身ロボット、そして“存在感の伝達”にたどり着いたと。
 
思考の流れにとても共感。
いくらAIが温かみのある完璧な受け答えをしたとしても、利用者が「相手は人間でなく機械だ」と認識している限り、孤独は“紛らわされる”だけで“解消”はされず、それどころか、「自分は誰の役にも立たない人間だから、機械に相手してもらうしか無いんだ」と孤独が深まるように思う。
今後、テクノロジーのさらなる進化により、大勢としては人と人の接し合う局面は減っていくと思うけれど、「(人ではなく)AIの役に立つことによって自らの存在意義を感じる」ように人間が変化するわけもなく、結局、どこまでいっても「人間が互いに関わり合うことによって互いの存在意義を感じあう(=幸せを与え合う)」必要性は残る。
 
そう考えると、テクノロジーによって“存在感を伝達”し、人と人が繋がることをサポートする“分身ロボット”の方向性はやはり素晴らしいと思う。
更に、 自分が以前に考えていた“身体と精神の二項対立”についての考え方↓を修正する必要も感じたり。
いろいろ書いたけど、ひとまずエキサイティング、Food for Thoughtな2時間を過ごせてシアワセでした。OriHimeも使ってみたいなぁ。
声をかけてもらって感謝!